ブログを始める事は、マーケティングに取り組みはじめることだ

井戸のイメージ写真

「石の上にも3年」は、ネットの世界でも成り立つ

「ネットで成功しているのは<やめない人たち>である(いしたに まさあき 技術評論社)」と言う本があります。

アルファブロガーなどと呼ばれ、
ネットで活躍しているように見える110人にアンケート取材。

そこから見えてきたものは、
儲けようなどと考えずに、
とにかく、やめないで続ける

3年ぐらい経つと、自分が進むべき方向が見えてきて、
やがて「稼げる」ようになってきた、

まあ、だいたいそういう事のようです。

つまり、「石の上にも3年」。

ネットの世界もそうだと言うことのようです。

「きっかけ」は何でもよい

僕自身のことを考えてみても、

次のステップに進むのにだいたい3年かかっています。

そもそも、僕が農業に関わりだしたのは、酸性雨の問題に取組むうち、

森林土壌調査をするようになり、

森の土を調べていたら、

農地は調べられないのか?

と言われたのがきっかけでした。

 

実は酸性雨の問題に関わりだしてから、森林土壌調査に取り組もうと

考えるまでに3年かかっています。

 

もっとも、酸性雨調査に取り組もうと言うのは、

僕自身で考えついたことではありませんでした。

 

誰かが、「酸性雨、面白いかも」みたいに

話を持ってきて、

 

じゃあ、やってみるかみたいな感じで始まった。

そういう事だったわけです。

自分ではない「誰か」からの声を考え続ける時間

ですから、物事に取り組む「きっかけ」と言うのは何でもよいのだと思います。

非常に真剣に考えて、絶対こうしようと重大決意して始めなくても、

他人から勧められたとか、それこそ、その事をやったらご褒美あげると言われたとか

やらないとまずい事態に追い込まれて、仕方がないので始めたとか、

そういう事でよいのだと思います。

 

そうやって、とにかく、「始めてしまった」後、

その事と向き合う事になります。

 

例えば、僕の場合だと、

「酸性雨を調べて、いったい何になるのか?」

(つまり、問題があると言うことは分かるが、ではどうすれば解決するのか)

とか、

「問題があるとして、『自分ができることは何?』って聞かれた時にどう答えたらよいか?」

(前に障害者の運動に関わっていた事があり、この手の質問をぶつけられる度、

「環境問題」ってここが違うんだなぁと

思うようになりました。

つまり、例えば、障害者に対する活動、手話通訳とか、車椅子を押すとか

そういう活動は、参加する側も何らかの喜びを感じられるし、

だから、参加するのだと思いますが、

環境問題の場合、電気をこまめに消すとかと言うのは、

「相手の顔」が見えないし、「仲間」と一緒に出来ることでないため、

「その手の」喜びを感じにくい

どうも、そういう違いがあるんじゃないかとおもうようになったわけです。)

 

とか、とにかく、そういう疑問を考え続ける3年間となったわけです。

 

つまり、始めてしまった後の3年間と言うのは、

自分ではない「誰か」から、様々な声をぶつけられ、

それに答えようとして考える時間なのです。

 

そして、ブログを始めると言うことは、そういう時間を始める事なんじゃないかと

言うこと、その事について、次回以降、また取り上げていきます。