戦争イメージ写真

1960年代、日本史上最大に達した農地面積

農業はなぜ大切なのか?

そのお話は、まず、日本の農地の歴史を語るところから始めたいと思います。

1963年、日本の農地は、史上最大の面積となりました。

1963年の国土利用割合
※国土庁「国土利用計画関係資料集」により作成

農地面積は609万ヘクタール。これは森林を除く国土のほぼ半分48%です。

森林、農地、河川・水面・水路をあわせた合計は、3228万ヘクタール、国土の85.5%。
宅地と道路は合計しても国土全体の4.2%、森林を除く国土の12.3%に過ぎませんでした。

では、この1963年とはどのような時期だったのでしょうか。

第二次大戦が終わったのは、1945年です。

社会学者・小熊英二は、1945年から10年間を「第一の戦後」、
1955年以降を「第二の戦後」と呼んでいます。

1956年、経済白書は「もはや戦後ではない」と述べています。
同年の厚生白書は、日本は先進国なのかと言うテーマで
様々なデータを取り上げて考察し、

経済水準や所得、衛生面からはとても先進国とは言えず、
途上国なみにとどまっている部分が多いとしています。

1955年に出された厚生省栄養課の「戦後十年国民栄養報告書」では、
戦時中の食料不足により、国民の体格は著しく減退し、
1907(明治40年)頃のレベルまで戻ってしまった、

1960年にはかなり戦前のレベルに回復してきたが、
男子14歳~17歳まで、女子14歳、
つまり、戦時中に生まれた年代の人たちは、
まだ戦前レベルに体格が回復していないとしています。

国民が食べている食料の内容については、
「国民の日々摂取してきた食糧の内容は, ほぼ今日のものに等しく, 従つて, 今日国民の摂つている食物 の内容は,
第一表に示すように大略戦前のそれに復したものと認めてよいであろう。 」と述べています。

ただ、
「豆類, いも類, 野菜類の消費は若干戦前に及ぼず,
戦後はむしろ米麦はかえつて僅かながら増加の催向にあると見られる。」
とし、

「食べられた食糧のうち, 所謂, 熱量を主として供給するものと,
蛋白質, ビタミン及び無機質を主として供給するものと
二つに大別するならば, 第二表にみられるようにあまりにも前者に偏り過ぎ, そのうちでも
特に米のみに重点がかかつている状況は今日に至るも改まつていないのである。」

としています。

すなわち、戦争でメチャクチャになった経済も
立ち直ってきて、先進国とは言えないにしても、
戦後復興の段階は過ぎ、今後は経済成長を目指していくべきだ、

国民生活の方も、タンパク質とかビタミンとかの「質」を
問わず、カロリーが満たされているかどうかで言えば、
一応満たされるようになってきた、

そして、いったん、戦時中の食糧不足で成長が止まっていた人たちも
体格が向上するようになってきたが、
まだ戦時中に生まれた人たちは、戦前の水準には戻っていないと言う
状態、

これが1955年~1960年、「第二の戦後」が始まった当初の状況だったと言えるでしょう。

これが1965年になると、1960年に14歳だった男子(当時19歳)の人も、
戦前なみの体格に戻ってきます。

1960年には、池田内閣が「所得倍増」を掲げ、
以後1970年頃まで高度経済成長が続いていきます。

白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫(または電気釜や電気掃除機)が三種の神器と呼ばれて、
普及していったのもこの時代です。

それ以前は、ホウキやハタキだけで掃除をして、
手で洗濯物を洗い、

ご飯はカマドなどにマキをくべて炊く生活だったのが、
電気製品がやってくれる生活が味わえるようになっていったのです。

こうした時代が始まりだした頃、日本の農地は、史上最大の面積に到達しました。

この意味を考えていく事が、日本でなぜ農業が大切なのか、考えていく手がかりになるのです。

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